「音楽」というものは「音」を「楽しむ」と書くわけだけれども、解釈にはいくつか種類があって、文字通り音そのものが場を楽しんでいる様子がうかがい知れるものと、表現者側が音を楽しんでいるのが伝わってくるものなんかがその代表かな、などと思う。彼女の1stフルアルバムとなったこの2005年の傑作は、その前者に当てはまるものだろう。
それはどこか緊張したような、まだぎこちなさの抜けない彼女のボーカリゼーションとは裏腹に、サウンド面において、各楽器が効果的に空気感を演出しながら自由に跳ねまわっている点に起因してのことなのかもしれない。
いずれにせよ、イギリスくささのあるサウンドと日本語・英語詩の絡み合いは完全に「楽しんで」いるのだが。
秀逸なのは、そうした音自体はそれぞれが楽しんでいるにも関わらず、ここで表現されているのは怠惰な感情や、それに対する苛立ち、あるいは悲しさや空虚さというものである点だ。
『こうして 日々は経つけれど 大きなジャンプもせずに あなたはここで何をしてるの 仰ぎ仰がれどこまでも』
これは決してジャンプを強要するものではないだろう。
人間、そう都合良くできていない。つまりは「わかってはいるけどね」というアレ。
それでも、僕らは前を向いて生きていかなければならないのだ。
だからこそ、怠惰な自分に苛立つんだ、そうだろ?
でも、気負う必要はないんだ。そう、『Life is like a boat』
自力で進むことも、流れに身を任せることもできる。もちろん、ただ、そこに漂うことも。
人生の根っこは恐ろしくシンプルだ。ただ、僕らは人間だから、色鮮やかなあれこれで、それをややこしくしてしまうんだな。
繰り返しになるが、それでも生きていかなければならないのだ。いや、"だからこそ"かもしれない。
いつの日か『雨の日が好き』って思えるように。もし、思えたら、世界はとても素晴らしいものになるだろう。
その時にこのアルバムがどう聞こえるのか。僕は楽しみでしょうがない。