2008年06月17日

人工知能と人間賛歌と

すくぅうみうぎさんのTB企画への参加だよ!

 オーケー、まずは言い訳から始めよう。

 前回の企画の際に集まった記事を一通り読みました。

コチラ:人工知能を思い描く13人の夢

 僕は単純に「みなさん凄いなー」との思いまして。文系の僕にはなかなか難しいお話もありました。

 そう、僕は根っからの文系人間でして、科学・物理・地学・工学・生物etc.がもうとにかく苦手で。
 どのくらい文系かと言いますと例えば幼き頃にドラえもんを見た、その後理系(特に工学系)に進むことになる方なんかは恐らく「ひみつ道具にロマンを感じる」「将来ドラえもんをつくりたい!」といった事を思ったのではないのかと思うのですが、僕は「未来なのに”銅鑼右衛門”だなんてハイカラだね」とか「あんなにも丸みを帯びたフォルムなのにロボットだから固いんだよね(´・ω・`)」等とどうでもいいことに気持ちが行ってしまう、それくらい文系なのです。

 なんか文系の人からも非難されるような気がしてきた…。


 で、今回の企画に参加するにあたって図書館等で人工知能について調べてみたんですが、前提知識が圧倒的に欠落しているためさっぱりでした。むむむ。
 というわけで「何をかいわんや」といった様な話になるかもしれませんが、それでも読んでくださるという方は、生温かい目で見守ってくださいね。心穏やかに。



 人工知能というと所謂「人型ロボット」をすぐ想像してしまうんですが、それらは必ずしもイコールではないんですね。
 以下、人工知能に関するサイト「人工知能のやさしい説明「What's AI」からの引用です。
人工知能の研究には二つの立場があるからです.一つは,人間の知能そのものをもつ機械を作ろうとする立場,もう一つは,人間が知能を使ってすることを機械にさせようとする立場です.そして,実際の研究のほとんどは後者の立場にたっています.
 なるほど、考えてみれば日常生活には人工知能とその技術を用いたものが溢れていて、僕らはその恩恵を受けて現代の生活を営んでいるわけです。
 そんなわけでもっと研究が進んで世の中がより良いものになっていけばいいな、とは思っています。

 ただ、前者の立場、とりわけ感情を備えた人間に極めて近いものを作ろうという考えに関してはちょっとした懸念めいたものを感じています。

 冷たい、と思われるかもしれませんが、僕はロボットにはロボットであってほしいのです。

 僕の目にだって「心」を持ったロボット達と話したり仲良くできる世界は魅力的には映ります。
 ただ、僕は「その後」を思わずにはいられないのです。


 ロボットが作られた存在である以上、そこには人間との間に「使う ‐ 使われる」の関係は必ず存在します。
 そのロボットが「人間」に極めて近い存在、感情を持った存在である場合、その関係に何らかの問題が生じるであろう事は容易に想像がつきます。
 乱暴な言い方をすれば、感情を持ったロボットを作る事はそれ即ち「人間」を作るということなのではないかと。

 人間が人間と同等の存在を作り上げる、あるいは作り上げようとする事そのものに、恐怖じみたものを感じずにはいられません。
 クローン技術の話もそうなんですけど、倫理的にどうこうの前に、人間てそんな軽いものだったかな、と思うのです。

 
 「アンドリューNDR114」という家事専用ロボット・アンドリューが主人公の映画があります。
 ここではそのアンドリューが「人間」を目指して奮闘する姿が描かれているのですが、
 根底にあるのはよくある「ロボットとの関係性が云々」という事ではなく「今ある人間への賛歌」だと個人的には思っています。

 別に人間が高尚な存在だとはいいません。ホントにどうしようもない存在だと思います。
 社会構造とか、諸種の関係性とか、元をたどれば「人間」なわけで当然それは嫌になる日もある、というか基本的に人間嫌いなんですけど、その存在はやっぱりどうしたって愛さずにはいられないわけですよ。

 だから、この映画で描かれる結末と人間賛歌のメッセージが凄く好きなんです。

 というわけで、思ったのです。
「そもそもなぜ感情を持つものを作りたがるのだろう。」
「人間ではダメなのだろうか。でもダメなんだとしたら人間を作るようなマネを、なぜするのだろうか」と。

 作ろうとしている正体は一体何なのだろう?

 調べてみたら、簡単に答えが出てきました。


Science Talk 情動システムと人工知能の心 Chap.1

 「より実用的なロボットとしてのロボット」を達成するためには、感情・情動プログラムは必要なものなのだ、と。
 なるほどなー。

 つまり僕の懸念は極論というか、ごくごく一部の例に対するもの、ともすれば「見えない敵」との戦いだったわけですな。
 なんという杞憂の極み。


 結局、人工知能をどう進化させていくのかも、ロボットを作り、彼らとどう関係を構築していくのかを考えるのも我々人間なわけです。
 その事を忘れなければ「未来」はそうそう悪い方向には行かないのかもな、と。


 さて、今回無い脳みそをフル稼働させて色々考えてみたんですけど、
 何よりの収穫は今まで「食わず嫌い」だった分野にも僕が入り込める(といってももう結論出てましたけどw)思考の種とも言えるものがあちこちに転がっていると言う事実に気づけた事。

 その機会をくださったすくみうさんに心より感謝です。


 あ、後、ちょっと疑問に思ったんですけど、色んな映画みたいにロボットが自発的に意思や感情を持ったとして、果たしてそれがプログラムではないのだという事って僕らに分かるんでしょうか。

 うーん。まだまだ楽しみは残っているようです。
posted by みかんぱ at 14:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思ったこと、考えたこと
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